高専を倍増しよう

 

東北大名誉教授・前大学評価・学位授与機構教授 徳田昌則


 

最近行われた世界規模での学力調査の結果、わが国の初等・中等教育のレベルが諸外国に比べ必ずしも高くないことが明らかになり、大騒ぎとなっているが、多くの国民は高等教育における大学教育システムにも大きな問題があるのではないかと感じている。

「分数のできない大学生」などと報道される学力低下、入学することだけが目的になり、レジャーランド化した現在の日本の大学教育が実質的に崩壊に瀕しているのではないか。なんらかの抜本的な改革が行われなければ国の将来を担う人材の育成は大変なことになるのではないかと国民は心配しているのである。

私も、このような問題意識を共有しているが、ここでは高等教育全般についての抜本的改革を論じる以前の課題として、まず現行システム下の『高専』について二つの視点から考えてみたい。

第一はもっと多くの国民に『高専』についての認識を深めて貰うこと、第二はその大幅な増設を実現することについてである。

『高専』といえばロボットコンテスト(ロボコン)、「ソーラーカーコンペ」などがTVを通じて馴染みになっているが、身近な高等教育機関としての実態については案外知られていない。

その原因の一つに数の少なさがあるように思う。全国には僅か63の高専(国立55・公立5・私立3で商船や電波の名称もあるが、ほとんどが工業高専のイメージ)があるに過ぎず、これを人員で見ると約150万人の中学卒業生のうち1万人(150分の1)が高専に進むだけで、ほとんどは高校に進学し、その後大学が70万人を受け入れるから、比べるまでもなく圧倒的に少人数である。したがって進学の選択肢になりにくいし、その実体について知られることも少ない。

高専とは学校教育法第70条の2により「深く専門の学芸を教授し職業に必要な能力を育成することを目的」として設立された高等専門学校の略称である。

日本が高度成長時代に突入した時期に制度ができて、すでに40年以上の歴史をもち、わかりやすく言えば中学3年を卒業した学生を5年間一貫教育で中堅技術者に育てようとする高等教育システムである。実際に、各企業の要所要所に配置されて、その中核を担う技術者を供給し、技術日本の声価を高めるのに、大きな貢献をしてきた。

現在でも、一般的に理科系離れが言われる中で、入試倍率は高く、優秀な学生が多い。一般に知られないわりには、いわゆる、くろうと社会の評価は非常に高く、求人倍率は平均8.1倍(1999年度)で、技術を売りにする一流メーカーが顔を揃え、当然就職率は100%である。また大学に進学を希望する者(卒業生の20%~50%)は、ほとんどが国立大学理工学部3年に編入が認められている。同年の大学生と比べると、しっかりしていて、専門知識も深いと大学側の評価もかなり高い。

このように、日本の高度経済成長を支え、ものづくり人材の育成に大きな役割を果たしてきた高専にも、当然のことながら、近年の日本社会における激動の波は押し寄せている。少子化や高学歴志向の風潮とともに、企業が求める人材が中堅技術者よりも企画力・開発力をもつ、より専門性の高い技術者(大学院修士終了者にシフト)を要求することなどによる問題がないわけではない。高専側でも、専攻科を上積みして、さらに二年の教育により、大学卒以上の実力のある技術者の育成を目指すなど、対応を図っている。ということで、3年の高校を経て大学に進学し、二年を過ごした主流の高等教育の学生と比較して、相対的に高い学力と人間力を保持した学生を送り出している高専の役割は、今後の日本の行く末を考えるとき、改めて注目する価値が大きいと信ずる。

こうした高専という教育システムの魅力の源泉を探ってみると、まず、3年制高等学校が数次にわたる指導要領の改定によって内容が薄まり、かつ大学受験の予備校化の色が強まっているのにたいし、高専では、5年一貫教育で、大学受験の重圧から解放されたゆとりの中で、基礎科目をみっちり学習させると同時に、中学卒のみずみずしい感性に、実験や実習を通して、自然や工学の原理に関わる知的刺激を与える早期体験型教育を可能としている点が上げられる。しかも、高等教育機関であり、たとえば、高等学校生が生徒、教官も教諭と呼ばれるのにたいし、高専生は学生と呼ばれ、教官も教授としての実力と識見を問われるなど学生の自主性が尊重され、早くから専門基礎教育に入ることを可能にしている。また、多くの高専が寮制を持っていることが先輩と後輩の交流を産み、青年期の人間形成に大きな役割を果たしていることも見逃せない。

このような高専にも全般的に語学力や一般教養の点が弱いとかの指摘があるようにカリキュラム上の問題などがまったく無かったわけではないが、一般の大学よりは遙かに速いスピードで改革が進んでいることも、高専という教育システムのメリットの一つに取り上げることが出来そうである。この点は、巻末の資料3を参照されたい。

第二には高専の数を増やすべきという主張である。求人倍率から見る、現在の学生数、学校数を10倍近くに増やしてやっと社会のニーズに応えられる計算になる。

ところが、国は2004年に沖縄に国立高専を設立したが、国立高専全体が一つの独立行政法人国立高専機構に収まってしまったために、今のところ他に新増設を検討する余地はなさそうだし、公立の場合は、むしろ統合などにより数が減らされる方向にある。

しかし、日本における人材育成の問題は緊急の課題であり、大学評価システムの導入など、高等教育の改革が着手されているが、それだけで問題が解決する訳ではなく、出来る所から、多面的に改革を進めることが必要だと考える。その意味で、私は、高専の評価がこれだけ高いという実績に立つと、高専型の教育システムをせめて倍増すべきと考える。

21世紀の生活を特徴づけるキーワードとしては、環境、安全、食料、高齢化対応、そして国際的には、地球環境や南北問題などが取り上げられている。一方、21世紀は、知の時代といわれ、生涯教育を含む教育により、人間力の向上が必須と言われる。そこで、中学卒の若々しい知性を受入れ、5年一貫で、農を体験させつつ幅広い教養を備えた人間教育を目指す新らしい型の高専の大幅増設を提案したい。

その中では、農漁業経営、バイオテクノロジー、食品工業分野などにおける先端技術者の育成を重点的に図る農水高専をまず考えたい。現在のいわゆる職業高校システムの中で特に農業高校の停滞はもっとも著しく、農業後継者は勿論、新しく農業に志を持つ者にとっても、現在の農業高校の現状には不満が多い。農業分野に意欲のある優秀な人材を集め、育成するには、実習・実験を十分に行うことを可能にする5年一貫教育の高専が最適であり、農水高専の推進により、日本の農水産業への人材供給を高いレベルで確保する。そこから、さらに大学を通して、政治、経済分野への農を深く体験し理解した人材を供給する道にもつながり、日本の将来に大きな影響もつと考えられる。

同様に、産業、政治、経済、教育などの諸分野で、将来の実務家養成を担う教養高専等の新しい型の高専も考えられる。それら全てに、農や工の実験実習を課した上で、各専門分野へ進むという高専システムの基本理念は全うさせるのである。

以上、農に重点を置いた新しい型の高専の倍増提案について大方の賛同を得たい。

参考資料;
1.「高専改革検討委員会報告書」 東京都教育委員会 平成16年12月
2.「岐路に立つ高等専門学校」  社会理論研究4号 平成15年6月
3.「高等専門学校機関別認証評価(試行的評価)評価報告」(http://www.niad.ac.jp)

  独立行政法人大学評価・学位授与機構 平成17年2月

 

メールマガジン「オルタ」 第13号 (05.3.20)より転載